手にする愉しみ~使い込むということ

アート・文化

美術館で割れた器を観たことはありますか。割れている器に修復を施した所は金や銀の華飾が施されていることが多いかもしれません。割れた部分を修理する技法として、金継ぎという修理手法があります。実体験を交えてご紹介いたします。ものを使い込むことについて考えるきっかけになりますように。

日本の美意識

うっかり割れた器、どうしていますか?

大切な日用品、特に日常使いのうつわは毎日使いたくなるものばかり。

ご自分の審美眼で選んだモノに囲まれる暮らしは心地が良いものです。

気に入っていた器、記念に頂いたティーカップ、お揃いの酒器、ちょっと手を滑らせて割ってしまったお茶碗———

割れた瞬間、あと数秒前に戻ってほしい・・・どれほどそう思ったことか。一度ではなく筆者は何度も経験しています。

割れてしまってからいつまでも捨てられず、苦い思いをした、そんな経験がある方も多いと思います。割れる度に「形あるものはいつか壊れる。」と、幼い頃から母に教えられていた言葉が浮かびました。

金継ぎの茶器写真しかし、案ずる事無かれ、遡ること室町時代。先人達はすでにその後悔を芸術的な技法で、直すだけでなく価値を高めていたのです!
壊れた陶器磁器の修理技術は金継ぎ(きんつぎ)、金繕い(きんつくろい)と呼ばれ、この時代の【茶の湯文化】で華麗に発達しました。

金継ぎとは

一般的に金継ぎというと修復に使う素材は漆(うるし)の木から採取する天然樹脂です。

欠けている場合は他の陶片で継ぎ、漆に様々な素材を混ぜて埋めを施し、何度も漆を塗り空気中の酸素と化学反応させて時間をかけて硬化させます。最後の華飾として表面に金属粉を蒔いて仕上げるため、「きんつぎ」と呼ばれます。表面に金や銀を蒔かずに、色漆で仕上げる手法もあります。

縄文人も使っていた漆の生活用具

漆の木

漆と人の関係はさらに遡り、縄文時代の遺跡からも発見されていて、朱塗りの器や土器の彩色と活用方法はさまざま。国内最古の出土品は北海道函館市から出土された副葬品です。2000年に垣ノ島遺跡から発掘された注ぎ口が付いている酒器は約9000年前のもので、他にも布の表面を漆で仕上げているものや、髪飾りなど神事にも使われていました。

抗菌・殺菌効果が強く、見た目の美しさだけではなく機能性も高い「うるし」。直接触れるとかぶれてしまう危険性がありますが、漆の特性を活かし、保存容器の内側に塗りこめられているものも各地で多数発掘されています。縄文人はどのように彩色していたのか・・・非常に興味深いです。

日本の漆掻き職人

そもそも漆の木から樹液を採取する方法は、大変な苦労を伴う作業です。漆の木にひっかき傷をつけて、傷口を修復しようとじんわりと染み出てきた組織液をひと掻き、またひと掻きと時間を掛けて採取します。採取したものが漆と呼ばれています。

一本の木から採取できる量は約12年育てて牛乳瓶1本分(約200g)くらいとされています。梅雨明け頃から秋にかけて掻き取ったあと伐採し、切り株から苗木が出て7〜8年経つとまた掻き取ることができるまで成長します。

木を絶やさないように循環させている自然と向き合った職人技、漆器が高価な理由を伺い知ることができます。

国産の漆は、主に神社仏閣の修理に使われますが収穫量が少なく、国内流通量の僅か3%足らず。産地は岩手県が7割、茨城県、栃木県と続きます。

熟練した職人が丁寧に掻き取ることにより、1本の木からより多くの上質な漆を採取することができます。

そして何より地産地消が向いている素材です。湿度の影響を強く受ける特性があり、島国の日本と大陸で育った漆では例え同じ品種であっても仕上がりに差が出ます。残したい技術の裏には後継者の育成問題が挙げられています。

直して使う意味

金継ぎで直す

金継ぎ教室との出会い

そんな金継ぎとわたしの出会いは勤め先のカンディハウス東京ショップが南青山に移転して3か月ほど経った2017年のある日、突然に訪れます。

煉瓦造りの建物、【ギャラリー5610番館】表参道駅から徒歩2分のワークショップスペースを持ち合わせたギャラリー[SPaTio5610]の前にチラシが置いてあり、おもむろに広げるとそこには金継ぎ教室の文字が。数日後、予約をして教室に通い始めました。このきっかけの前に一度、簡易金継ぎを自宅で行ったことがあり、加減が分からず挫折を経験していた為、チラシを見るなりすぐに通いたいと思いました。

さて当日

当日、割れた器を持って行くと、1回で完結する簡易金継ぎと、時間をかけて行う本漆金継ぎがあると講師の伊藤和江先生に説明を受けました。

代用品の漆を使ったかぶれにくい簡易金継ぎは器の修復以外にガラス製品を修復など、それぞれの特長を生かした手法があるようです。

持参した器は、誕生日に夫から貰った一対の片割れでした。北海道の陶芸作家、工藤和彦さんの器。大切にしていたにも拘らず、食卓に運ぶ際、手を滑らせて破片が7個に割れてしまったのです。——割れた瞬間、うつわはスローモーション撮影をしているかの如くゆっくりと暖房器具の縁を目掛けて落ちていきました。

先生に状態を見てもらうと、「これは時間が掛かかりますよ。」と初めてのうつわにするのは難しいと忠告を受けますが、直したい一心でじっくり行う本漆金継ぎで始めることにしました。

繕う大変さ

初めての修理品とした事に後悔はなかったものの、本当に時間が掛かり、9か月ほどかけて仕上げていきました。同じころに始めた生徒さんは次々に新しい器を直しているのを横目で見ながら、ひとつのうつわとじっくり向き合いました。一枚目の写真が出来上がりの様子です。ベンガラ漆と黒呂色漆を混ぜたうるみ仕上げ。初めての金継ぎはいわゆる「金継ぎ」らしさが感じられにくい仕上げになりました。

ものとの付き合い方

工藤さんの器には北海道の土が使われていて、釉薬は火山灰を混ぜた素朴で温かみのある色合い。金や銀ではなく、漆の色がよく似合うと思ったからです。また、食事を盛り付けたときに美味しそうに見せたいと思い、華美な装飾的な要素を入れたくなかったのです。

これ以降、修理することがわたしの日常になり、常に直しかけのうつわと対峙する毎日が始まりました。仕事をしながらの趣味の範囲ですから、進みはとても遅いです。

割れても大らかな気持ちで居られるようになりました。

私にとって、「ものとの付き合い方」が変わる大きな出会いでした。

How to Kintsugi??

割れ方によって修理方法は様々。この章では簡単に手順を紹介いたします。

全ての工程で、漆かぶれを防ぐために手袋を付けて作業します。

割れたカップ
まずは生漆(きうるし)という混ぜ物の無い漆を油絵に使うテレピンで希釈します。うつわの割れた断面に綿棒などで塗布し、軽くティッシュで押さえます。これは釉薬が掛かっていない断面にコーティングをする目的で行います。これにより漆の染み込みを防ぐ事が出来、必ず施さなくては成らない作法です。

金継ぎの工程
つぎに接着剤の役割として、麦漆(水と小麦粉と生漆を混ぜたもの)を破片同士に塗布し、元の形につなぎ合わせます。この時、ずれた状態で接着しないように注意をします。漆はゆっくり乾いていくので、テープで留めてもずれてしまう場合もあり、経過観察が必要です。漆は湿度60~70%、室温25℃位を好むので、簡易ムロをつくり、待つこと約1か月。十分に水分が乾くまで次の工程には進めません。

ムロとは湿度と温度管理をする箱です。自宅で行う場合は段ボールの中に修復中のうつわを入れて、霧吹きで湿度管理をします。季節によってはムロに入れない時もあります。
余分な漆がついた所はやすりかげして平滑にします。下地が平滑でないと、せっかく金や銀粉を蒔いたのにやり直しする必要が出るため、気が抜けません。

この後、うつわのイメージに合わせて赤や黒、白、青など色が混ざっている漆で仕上げていきます。麦漆の上に漆を置きながら筆を進めます。この工程は2~4回ほど行います。

筆運びが早すぎると、粘度のある漆は筆の筋が残ってしまうため、この時も油断が出来ません。また、たっぷりと筆に漆をとり一度に厚塗りをすると表面だけが乾き、中がいつまでたっても乾かない「膿む(うむ)」状態を起こしてしまうため、表面に皴ができてしまいます。膿んだ場合は表面の皴が無くなるまでやすりで削る作業が必要です。

納得のゆく平滑な線が描けたら、今度は仕上げの華飾を施します。

金継ぎ

内側は銀消し粉仕上げ、外側は白呂色漆仕上げ

金継ぎの装飾
色漆で線を描き15分~1時間、これも毎日のお天気によって左右されますが、乾き始める前に金や銀、錫や代用金など、筆を使い蒔いてゆきます。
筆の写真
蒔いた後は直ぐに触らず、1週間以上経過してからいよいよ仕上げの金属粉を磨き上げます。磨く際には、鯛の歯やメノウで磨きます。鯛の牙はアラを魚屋さんでいただいて使えなくなった筆の柄を再利用します。接着剤で接着して磨きやすい道具を自分でつくります。

これだけの工程と時間をかけて、器の修理はやっと出来上がります。

ひとつ、を愛するということ

椅子の写真

幽玄の合間をつなぐ

この金継ぎは、日本人の根底に流れる価値観が育んだ「ものを大切にしたい」から生まれた素敵な嗜みだと考えています。

昨今では海を渡り世界でも日本の修復技法として注目が集まっています。

金継ぎからインスピレーションを受けたイタリアの写真家マルコフェリーニ氏は撮影した写真を手で破り、その境目を金色で着彩しアート作品を生み出しています。2019年秋、スパイラルホールで行われたフィアット120周年の記念イベントで過去と未来を繋ぐアートとして金継ぎ作品とマルコ氏の作品が紹介されていました。

割れたうつわは元通りには戻りませんが、直すことでモノとしての存在価値を高めてくれる、現代で言う、「ものの価値を高めながら無駄にしない」金継ぎはアップサイクルの先駆け的存在だと感じました。

修理できる家具

修理する家具

私の勤めるカンディハウス東京ショップでは限りある木材を余すことなく丁寧に使い切り、安心安全な木製家具をご提案しています。

職人の手仕事で作り上げる国産材をつかった家具。カンディハウスは長く使用していただくための体制を整えています。

気に入った家具を選ぶなら、そのものが長く使える丈夫なものがいいですよね。汚れや、破損した時には修理の相談ができます。

 

レストア(修理・再生)事業とヴィンテージ事業(現在は買取休止中)

直して使う文化、思想は広まってほしいと考えています。

【金継ぎ】と同じように椅子やテーブルも、張地の破れや、木部が破損したときも修理することで思い出の品を長く使い続けることが出来ます。

愛着を持ち、使っていただいた家具は次の使い手に橋渡しをする事業も行っています。

家族構成の変化や引っ越しにともないやむを得ず家具を手放す際、メーカーであるカンディハウスがリペアを行い再生販売しています。現在はヴィンテージオンラインショップで購入することができます。

≫ >ヴィンテージオンラインショップについてはこちら

≫ >レストアについてはこちら

カンディハウスお問合せ

お問い合せ

無垢材の割れもアップサイクル?

無垢テーブルの我のアップサイクル

丸太から買い付けをして製材加工を行っている為、丸太を厚くスライスする挽板にしてみないと中が割れているのかどうかは分かりません。

同じ年月育ってきた木材に割れているからと悪い材料と決めつけるのは勿体ないと思います。割れも定在適所、手当を行う事で立派な無垢のテーブルに作り上げる事が出来ます。

埋めを施したテーブル、一昔前は受け入れられなかったように感じられますが、より自然を感じたい欲求や直して使う価値観があらゆる方面で認知され、許容されることで新たな価値が想像されているのかもしれません。(文:東京ショップ浅田)

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP